十三回忌法要

法事の前々日に下関入りしたのは、法事の準備を手伝うためだったのですが、もう1日前に帰ればよかったと後悔しました。


本家である実家は、こういう催事は祖父がきちんと取り仕切っていたわけで、その祖父が亡くなったあとは当然妻である祖母の役目となるのでしょうが、今の祖母は3人目の後妻さんな上にもう高齢で足が悪いのです。
当然役目は母に押しつけられる格好になるのですが、娘から見ても母は「取り仕切る」立場には弱いように見えます。



今回もいい具合にテンパっており、前日になってあたふたといくつも用事が出てきました。
午前中は母が出かけ、その際忘れた用事を午後になって私が済ませに出かけたのですが、戻ってきて仏間の蛍光灯の不具合が発覚。
調べたたらどうも電灯本体が故障してるっぽい。


もう夕方の5時を回っておりましたが、真っ暗な中で法事をするわけもいかないので慌てて電気屋さんに。
母に電気屋さんの場所を訊ねて、駅裏にベスト電器があることを知り、感だけでたどり着いて電灯ペンダントを2基購入。


ですが。


家に帰ったら、駅より近い場所にヤマダがあることをさらっとおっしゃる。
いやーんもうヽ(´ー`)ノ


ペンダントは1基は無事つけられたのですが、もう1基は祖父が特殊な構造でつけたらしく、ペンダントが外れません。
飛び回る蚊にも耐えきれず交換を断念しました。
こちらは点灯はするので1日くらいはもつでしょう。


電灯ペンダントの交換は、いまでこそシーリングでカチっと交換すればいいだけですが、我が家は築45年の超老朽家屋。そんなモダンな金具がついているわけもなく、コンセントプラグを差し込む形なのです。
なので、今のペンダントのシーリングにプラグ形状にするアタッチメントをつけてやらねばなりません。
電器関係には弱い女ふたり暮しなので、こういうことは壊れるまで放置しちゃうんでしょうねえ。

交換していない1基は、あとから来る弟に任せることにしました。
帰京してから交換できたというメールが来たので、一安心です。


この日、駅前まで2往復したせいで、足にはマメができてしまいました。
ミュールを履いていたのですが、こんなことならウォーキングシューズでも履いてくればよかった、と。
いや、そもそもレンタカーを借りていれば、もっとスムーズに事が運んだんではないだろうか、と後悔しきり。
なんたって、法事当日もお供え用のおもちと、来客用のお菓子を受け取りに出かけたのですから。


本当は法事当日に弟夫婦が空港からレンタカーで到着する予定だったのですが、都内の渋滞に巻き込まれてフライトに間に合わず、山口宇部の便に遅れて搭乗するというハプニングがあり、あてにしていた車が使えなくなってしまったのでした。


法事の方は30分遅れで始まったので、弟夫婦はなんとかお経が終わる前に参加することができました。
実家は浄土真宗本願寺派で、こういうときは浄土三部経といい三部構成の長ーいお経を上げるのです。
相方の実家は般若心経なので、ことさら長く感じます(´Д`;)
今回はもう開き直って、ダイソーで買った折りたたみの椅子を持参しました。
真正直に座っていたら、足が壊れます。


お経を上げてもらったら、次にお参りに着てくださった方々をお食事に招待するのですが、この食事もいつもながら頭を悩ませる問題です。

前回、父の法事の際は、川棚温泉のグランドホテルでふく料理(下関では「ふぐ」ではなく「ふく」と濁りません)を食べたのですけれど、今回は唐戸のグランドホテルで和食のコースを頂きました。


グランドホテルは、唐戸の海岸沿いに建てられており、両脇にかもんわーぷ(後述)と海響館という水族館がある好立地です。
眼下の波止場からは、向かいの門司港に向けての連絡船がでています。
食事は洋間を貸し切って、テーブル席で頂いたのですが、4階とはいえ、遮るものが何もなく、早鞆の瀬戸と言われる関門海峡の波逆巻く様子が手に取るように見ることが出来ました。


お料理も、ふく刺し、あんきも、お造り、あわび、鯨、松茸、栗、と海の幸山の幸満載で、最後までどの料理もすごく美味しかったです。
ホテルですからスタッフの気遣いもきちんとできており、お年寄りが多いこういう法事ではなにかと助かりました。
おそらく次回の法事もここを使うことになるんじゃないでしょうか。


難を言えば、川棚は送迎のバスを出してくれたけど、こちらはなかった、くらいでしょうか。
フツウはないのが当たり前ですし、川棚と違って近いですから問題はありませんでしたが。


この会食を頂いたのがもう4時になろうかという時間だったので、この日は夕食はとくにとりませんでした。
お昼も抜いていたので、1食食べなかったことになります。
先生にバレたら怒られる。


弟夫婦は、このあと予約していたレンタカーをとりに北九州空港に向かいました。
翌朝用のパンを買ってきてと連絡してほしい、と母に言われて一所懸命メール入れていたのですが、携帯を実家において出たらしく、全然連絡とれず。
母はかなり脱力しておりました。

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